
「ビットコインは匿名だから、犯罪に使われやすい」と聞いたことがある人は多いかもしれません。
一方で2026年9月25日、米国の控訴裁判所が、ビットコインの送金を追った分析を証拠に使った有罪判決を支持しました。
匿名なのに追跡できるのはなぜか、自分の取引も誰かに見られているのか、と気になった人もいるはずです。
先に結論を書きます。
ビットコインの記録には、ふつう本名は載りません。
ただし、送金の記録そのものは公開されていて、誰でも見られます。
そのため、ほかの情報と結び付くと、どのアドレスが同じ持ち主か、誰が管理しているかが推定されることがあります。
このように「名前は出ないが、記録は公開されている」状態を仮名(かめい)と呼びます。
とはいえ、自分の名前で検索すると残高が出てくる、という仕組みではありません。
名前と結び付く情報の多くは取引所が持っていて、公開はされていません。
この記事は、ビットコインの最初の論文(ホワイトペーパー)、米国の判決文、日本の法律の条文をもとに書いています。
ビットコインは、匿名ではなく仮名の仕組みです。
名前の代わりに「アドレス」という英数字の列で送金し合い、その記録が公開されます。
アドレスは、ビットコインを受け取るための番号のようなものです。
送金の記録には、どのアドレスからどのアドレスへ、いくら送ったかが書かれます。
氏名や住所、メールアドレスを書く欄はありません。
ビットコインのネットワークに参加する多くのコンピューター(ノード)が、同じ記録を持って確かめ合っています。
この記録は誰でも読めます。
記録が誰でも読めることは、不正な記録が紛れ込んでいないかを、誰でも確かめられることと表裏一体です。
記録を確かめる仕組みはビットコインとは何かの記事で説明しています。
ビットコインを考案したサトシ・ナカモトの論文には、プライバシーについての節があります。
銀行は、取引の情報を当事者と銀行の中だけにとどめることで、プライバシーを守っています。
ビットコインはすべての取引を公開するので、この守り方は使えません。
そこで論文は、アドレスと人の結び付きを伏せることで、プライバシーを守ると説明しています。
論文は、株の取引所が売買の時刻と量だけを公表し、誰が売り買いしたかは出さないのと同じ水準だ、とたとえています。
ただ、株の売買の記録と違い、ビットコインのアドレスは何度も使えて、送金の記録どうしがつながっていきます。
論文自身も、2つ以上のアドレスをまとめて使うと、それらが同じ持ち主だと分かってしまう、と書いています。
さらに、持ち主が一度分かると、その人のほかの取引までつながるおそれがある、とも書いています。
つまり「名前が出ない」ことは、最初から「誰の取引か絶対に分からない」ことと同じではありませんでした。
ビットコインの情報は、誰でも見られるもの、取引所だけが持つもの、どこにも確定した形では無いもの、の3つに分けると整理できます。
冒頭の図の3つの層を、順に見ていきます。
ブロックチェーンの記録は、「ブロックエクスプローラー」と呼ばれる閲覧サイトで誰でも見られます。
ここでは、ビットコインの記録を表示する閲覧サイトのmempool.space(英語)を使います。
記録を見るだけなら、ログインもウォレットの接続も要りません。
閲覧サイトで秘密鍵や復元フレーズの入力を求められたら、偽のサイトを疑ってください。
例として、2010年5月22日(世界標準時)に記録された、10,000BTC(BTCはビットコインの単位)の送金を見てみます。
送り元は1XPTgDRhN8RFnzniWCddobD9iKZatrvH4というアドレスです。
送り先は17SkEw2md5avVNyYgj6RiXuQKNwkXaxFyQというアドレスで、受け取った額は10,000BTCです。
記録のどこにも、送った人や受け取った人の名前や住所はありません。
国内の暗号資産交換業者(取引所)は、口座を作るときに本人確認をします。
確認するのは、氏名・住居・生年月日・取引の目的・職業などで、犯罪収益移転防止法で決められています。
取引所は、本人確認の記録と取引の記録を、7年間保存することになっています。
取引所の中での売買や、利用者どうしの振替は、取引所の帳簿の上で処理されることがあります。
その場合、利用者ごとの送金としてブロックチェーンに出るとは限りません。
こうした情報は取引所の中にあり、ブロックチェーンのように公開されることはありません。
ブロックチェーンを見ても、アドレスの持ち主の本名は書かれていません。
送金の目的も、記録には書かれていません。
アドレスを実際に管理しているのが誰かも、記録だけでは確定しません。
たとえば取引所のアドレスには、多くの利用者の分がまとめて入っていることがあります。
この3つ目の層を埋めようとするのが、次に説明する「推定」です。
送金の記録には、アドレスの使い方のくせが残ります。
くせと記録の外の情報を組み合わせると、どのアドレスが同じ持ち主かを推定できることがあります。
1つのウォレットの中には、アドレスがいくつも入っていることがあります。
アドレスや送金額は誰でも見られますが、どのアドレスが同じウォレットのものかは、記録に直接は書かれていません。
ビットコインでは、受け取ったお金は、受け取った額のかたまりとして1回ごとに記録されます。
使うときはかたまりを丸ごと出すので、払いたい額より大きいかたまりを使うと、差額を自分に戻す「おつり」が出ます。
一般的なウォレットでは、おつりを含む送金の形を、ウォレットが自動で組み立てることがあります。
1回の支払いには、複数のかたまりをまとめて使うこともできます。
下の図では、アドレスAにある0.3BTCと、アドレスBにある0.2BTCを使って、別の人のアドレスDに0.45BTCを払っています。
支払いには両方のアドレスの秘密鍵(ビットコインを動かすための合言葉)が要るので、AとBは同じ持ち主だろうと推定できます。
残りの0.05BTCは、おつりとして、同じウォレットの中の新しいアドレスCへ出しています。
おつりの戻り先を見分けられれば、Cも同じ持ち主だと推定できます。
こうして同じ持ち主と推定したアドレスの集まりを、まとまり(クラスター)と呼びます。
まとまりができても、それだけでは持ち主の名前は出てきません。
持ち主を推定できるようになるのは、記録の外の情報と重なったときです。
たとえば、まとまりの中のアドレスと取引所の口座の間で入出金があれば、取引所の記録が手がかりになります。
ただし、他人の口座へ送ることもあるので、取引所の記録だけでアドレスの実際の管理者が決まるわけではありません。
流出したデータや裁判の資料、本人がネットに書き込んだアドレスなども、手がかりになります。
ここまでの手がかりは、どれも「たぶんそうだ」という推定です。
複数の人が1回の取引にまとめて送金する使い方もあり、そのときは「同じ持ち主」という推定が当たりません。
おつりの見分け方も、いつも正しいわけではありません。
このため、分析の結果が裁判でどこまで信頼できるかが、実際に争われてきました。
2026年9月25日の判決は、送金の分析が証拠としてどう扱われたかを示す一例です。
ここでは、何と何を結び付けた証拠だったのかに絞って見ます。
ビットコイン・フォグは、2011年から2021年まで動いていた「ミキサー」と呼ばれるサービスです。
ミキサーは、多くの人から集めたビットコインを混ぜて送り出し、送金の流れを分かりにくくするサービスです。
米国の検察は、フォグが闇市場の取引などで得たお金の出どころを隠すのに使われたとして、運営者とされた人物を起訴しました。
一審では、資金洗浄(マネーロンダリング)などの4つの罪で有罪となり、禁錮150か月(12年6か月)が言い渡されました。
控訴審の裁判所(ワシントンD.C.の連邦控訴裁判所)は、2026年9月25日にこの判決を支持しました。
判決文は、裁判所のサイトで公開されています(英語・PDF)。
検察側の専門家は、チェイナリシス社の分析ソフト「Reactor(リアクター)」を使って、フォグのアドレスのまとまりを推定しました。
この推定は、闇市場とフォグの間で、どれだけのお金がやり取りされたかを示す証拠として使われました。
一方、フォグを運営していたのが被告本人かどうかは、別の証拠で示されています。
判決文が挙げているのは、ログイン記録のIPアドレス(インターネット上の住所のような番号)の重なりの分析や、被告の過去の活動などです。
IPアドレスの分析の結論も、同じ人が両方の口座を使った「可能性が高い」というものでした。
ほかに、逮捕の2日後にフォグが止まったことや、被告の口座に入っていたビットコインの額なども示されています。
1つの決め手で本人と決まったというより、こうした証拠を重ねて、陪審(市民から選ばれた判断役)が有罪と判断した形です。
被告側は証拠が足りないとも主張しましたが、理由を具体的に示さなかったため、控訴審はこの点を判断していません。
被告側は、このソフトは外部の専門家による検証(査読)を受けておらず、どれくらい間違えるかの数字(誤り率)も示されていない、と主張しました。
控訴審は、査読がないことや、専門家が誤り率を知らないと証言したことを認めています。
そのうえで、捜査機関や業界で広く使われていることなど、ほかの点から信頼性を判断した一審は、裁判官に任された判断の範囲内だとしました。
つまり判決が示したのは、「この事件の証拠と事情のもとで、一審が専門家の証言を採用したのは許される範囲だった」ということです。
分析ソフトの推定が、いつでも正しいと認めたわけではありません。
ソフトが本名や犯罪を自動で確定する、と認めたわけでもありません。
国内の取引所を使うと、本人の情報は取引所の中で、入出金の記録と結び付きます。
結び付く場所は、口座を作るとき、入金と出金のとき、ほかの業者へ送るとき、の3つに分けられます。
口座を作るときの本人確認で、取引所は氏名や住居を確かめます。
取引所は、どの口座にどのアドレスから入金があったか、どの口座がどのアドレスへの出金を頼んだかを記録します。
この記録は、アドレスと口座の関係を判断する材料になります。
ただし、外のアドレスを実際に管理している人まで、この記録だけで決まるわけではありません。
他人の口座へ送ったり、他人のアドレスへ出金したりすることもあるためです。
取引所は、犯罪で得たお金の疑いがある取引を見つけたときは、国に届け出ることも法律で決められています。
国内の取引所から、ほかの暗号資産の業者の口座へ送るときは、「トラベルルール」という決まりがかかります。
送る取引所が、送る人と受け取る人の情報を、受け取る側の業者に伝える決まりです。
伝えるのは、送る人の氏名と住居(または顧客の番号)、受け取る人の氏名、送金を見分けるための番号などです。
相手が海外の業者のときは、日本と同じような決まりがある国や地域の業者だけが対象です。
ウォレットは、暗号資産を入れておくアプリや機器のことです。
対象外の業者や、自分で管理するウォレットとの送金では、取引所が相手のウォレットの持ち主の情報を集めて保存することが求められています。
どの情報も業者の間や業者の中で扱われるもので、ブロックチェーンに書き込まれたり、一般に公開されたりするものではありません。
ブロックチェーンの記録は消せず、誰でも見られます。
そのことを前提に、次の点を知っておくと、思わぬ形で自分の情報が広がるのを避けやすくなります。
自分のアドレスを誰かに教えると、その人はそのアドレスの残高と過去の入出金を見られます。
その後に同じアドレスで行われる入出金も、記録に載れば見られます。
受け取りのために教えたアドレスでも、同じです。
そのアドレスと同じまとまりだと推定されたアドレスまで、たどられることもあります。
SNSやブログに、本名や勤務先と一緒にアドレスを載せると、そのアドレスの記録があなたの名前と結び付きます。
アドレスの送金記録は、ブロックチェーンから消せません。
実名との結び付きも、公開した投稿が転載・保存されるなどして残ることがあります。
受け取りのたびに新しいアドレスを表示するウォレットもあります。
実際の動きはウォレットによります。
ただし、それらをまとめて使えば、先ほどの手がかりで結び付きます。
アドレスを分けることは、記録が残らなくなることでも、追跡できなくなることでもありません。
アドレスは受け取りのために人に伝える番号で、秘密の情報ではありません。
ただし、前の項目のとおり、実名などと一緒に広く公開すると、取引の記録との関係が見えやすくなります。
一方、秘密鍵や復元フレーズ(秘密鍵を作り直すための単語の並び)は、ビットコインを動かすための合言葉です。
これらはブロックチェーンには載りません。
誰に頼まれても渡さないでください。
盗まれる手口と守り方は暗号資産はなぜ盗まれるかの記事で説明しています。
なお、送金を追えることは、盗まれたお金が戻ることや、送金を取り消せることを意味しません。
ここからは、本文では省いた細かい点をまとめます。
分析ソフトの手がかり、おつりの仕組み、判決に出てくる数字とソースコードの扱い、確かめた資料の順に書いています。
判決文によると、Reactorはアドレスをまとめるのに3つの手がかりを使っています。
1つ目は、1回の取引でまとめて使われた送り元のアドレスを、同じ持ち主とみなすものです(co-spend)。
2つ目は、おつりのアドレスの見分けなど、取引の形のくせからまとめるものです(behavioral)。
3つ目は、流出したデータ、裁判の資料、提携先のデータなど、ブロックチェーンの外の情報でまとめるものです(intelligence-based)。
2つ目の具体的な計算方法は、会社が公開していない独自のものです。
記事で「かたまり」と呼んだものは、正式には「未使用の出力(UTXO)」といいます。
ビットコインの送金は、前に受け取った出力を丸ごと入力として使い、新しい出力を作る形で記録されます。
おつりを新しいアドレスに出すか、元のアドレスに戻すかは、ウォレットの作りや設定によります。
イーサリアムのように、アドレスごとの残高を直接増やしたり減らしたりする仕組みでは、こうしたおつりは出ません。
専門家は、Reactorが90万を超えるアドレスをフォグのものとしてまとめた、と証言しました。
これはアドレスの数で、90万人の利用者や90万の口座、90万の犯罪の数ではありません。
専門家は、捜査機関のおとり捜査の取引でフォグが使った5つのアドレスを、Reactorのまとまりの中で探しました。
そのうち4つが、フォグのものとして入っていました。
被告側はこれを「20%の誤り率」だと主張しました。
裁判所は、このソフトはわざと控えめに判定していて、取りこぼしはあっても信頼性を否定する理由にはならない、という一審の判断を引いています。
この5件の確認は、ソフト全体の誤り率を測ったものではありません。
専門家自身も、ソフトの誤り率は知らないと証言しています。
被告側は、Reactorのソースコード(プログラムの中身)の開示を求めました。
一審は、まとめるための手がかりと前提を、秘密を守る命令のもとで、弁護人と資格のある専門家に開示させました。
被告本人が見ることは制限されました。
追跡を逃れる手引きになりうる、というのが理由です。
ソースコードそのものについては、被告側が、なぜ必要かを説明しなかったため、開示は認められませんでした。
控訴審は、これが被告の権利の侵害には当たらないと判断しました。
判決文は、United States v. Sterlingov(No. 24-3161)です。
本人確認・記録の保存・届け出は犯罪収益移転防止法の4条・6条・7条・8条、トラベルルールは10条の5です。
トラベルルールで伝える項目は、同法の施行規則の31条の7に書かれています。
対象外のウォレットとの取引での情報の扱いは、金融庁が2026年7月に公表した資料で確かめました。
例に挙げた取引の記録は、mempool.spaceの公開データで確かめました。
この取引には131件の入力がありますが、すべて同じアドレス(1XPTgDRhN8RFnzniWCddobD9iKZatrvH4)からのものです。
入力の合計は10,000.99BTCで、10,000BTCが送り先へ、0.99BTCが手数料になっています。
法令の内容は2026年10月時点のものです。
本記事はビットコインの記録の仕組みと、送金の追跡が裁判でどう扱われたかに関する情報提供を目的としたものであり、特定の暗号資産・取引所・ウォレットの利用や、暗号資産の購入・売却を推奨したり、投資を勧誘したりするものではありません。米国の判決の内容は、その事件の証拠と事情にもとづく判断であり、ほかの事件や日本での扱いを示すものではありません。日本の法令の内容は2026年10月時点の条文にもとづいており、個別の状況での扱いは各取引所や専門家にご確認ください。暗号資産は価格変動が大きく、元本は保証されていません。投資の判断はご自身の責任で行ってください。記載内容は執筆時点(2026年10月)で確認できた情報にもとづいており、その後の状況の変化を反映していない場合があります。
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